松宮一彦:TBSアナウンサー(東京放送)



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松宮一彦元TBSアナウンサー

松宮一彦アナウンサーといえば、元TBSの「松宮」です。
退職後はフリーアナウンサーとして活躍していました。
早口が得意のだとか・・・。さすがアナウンサーですね。
素人からすれば、「アナウンサー=早口ことばが得意」というイメージがあります。

松宮一彦さんは、東京都の出身です。そして、なんとお父さんは大学教授です。松宮一彦アナウンサーは、子供の頃にディスクジョッキーコンテストで4位に入ったことがあります。

松宮一彦さんは、獨協高等学校を経て、日本大学芸術学部放送学科を卒業しました。
その後、1976年にTBS(株式会社東京放送)に入社しました。
同期は、生島ヒロシさん・鈴木順さん・高橋進さんがいます。
TBSとニッポン放送にも内定していたが、「テレビの仕事もしてみたかった。僕は欲張りですから」(松宮一彦アナウンサー談)という理由で、現在は分社化しているが、当時テレビ・ラジオ兼営していたTBSに入社した。

TBSアナウンサー時代は、主にラジオのディスクジョッキーのほか、テレビ「ザ・ベストテン」の追っかけマンとして縦横無尽に活躍した。

プライベートでは、なんと3回も結婚を経験しています。
しかし、3回とも全てうまく行かず、結果的に離婚となりました。
また、子供には恵まれませんでした。

仕事のほうは順調でも、プライベートはそうではなかったようです。
また、晩年、約30年来の友でTBS退社以降、所属事務所社長の女性を乗せて車の運転中に交通事故に遭い、社長が重傷を負い、重い後遺症が残ったことから社長とは補償問題でもめるなど不仲となった。

ほかにも、1999年9月、自宅で首を吊り縊死しているのを当時交際中の別の女性によって発見された。その女性が合鍵を使って松宮の自宅に入った際の発見であった・・・。
この突然の死は、交流のあった人物に大きな衝撃を与えた。当時TBSの朝の情報番組内の朝刊コーナーで、この記事を取り上げた際、松宮一彦アナウンサーとラジオ番組で共演したことのあった、コーナー担当の長岡杏子は言葉にならないほど涙ぐんだ。また久米宏は『ニュースステーション』内で「私の9年後輩でした」と語った上でニュースを紹介し、山下達郎は『山下達郎のJACCS CARDサンデーソングブック』内で「なぜ相談してくれなかったのか」と無念の思いを述べた
順調だったものが全て崩れさってしまい、とてもつらかったと思います。
45歳という若さで、この世からいなくなってしまった松宮一彦さん。
ご冥福をお祈りいたします。

天国では、好きな事をして、充実した生活を送っていることを願っています。
45歳という若さでこの世を去ってしまうにはもったいないアナウンサーでした。

自殺したアナウンサーというイメージが強いかもしれませんが、それ以上に今まで活躍してきた事を忘れないでほしいです!!


posted by TBS アナウンサー at 16:30 | 松宮一彦
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